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いつもは、子供の名前の後にお母さんがつく「○○ちゃんのお母さん」か、もしくは「ママ」と呼ばれてばかりの私が、こんな決断をしてしまい、待ち合わせの場所に立っているだけで足が震えていました。
自分の足元だけしか目に入らない次の瞬間、後ろから優しく肩に手を置かれる感触で私は振り向きました。
「どうしたの」
優しくかけられる声に私はただびっくりするばかり。私がここに立っている前から、そこにいたのは、タケルさんだったのです。
銀座で男性と待ち合わせをしたのは、もうずっと昔の記憶でした。優しく手をとられ、タケルさんの腕へと導かれていく自分の手が震えました。
歩き始めた私たち。でもまだ緊張の解けない私は、まだタケルさんの目を見て話す事ができませんでしたが、そこへ伸びてくるタケルさんの手が、私の握り締められたこぶしへと触れました。そっと手をつなぎました。
「美代子、その服似合うね」
何気なく言われた言葉にまるで少女のようにときめきました。タケルさんとのデートに着てくためにと思って購入したワンピース。自分には少し若すぎるかなと懸念する気持ちもあったけれど、思い切って買って良かったと思いました。そして、このときめきこそが私の求めていたものだと思いました。
生活に追われて自分のことは二の次になってしまって何年経ったでしょう。自分を女性として扱って貰いたかったという願望をタケルさんは叶えてくださいました。
パレスホテルのラウンジへとタケルさんの腕をあずけながら向かいました。
こんな場所に来ただけで、心はここにあらず。周りの状況も目に入らない私を気遣ってくれるタケルさんの優しさに惹かれて行きました。
グラスを傾けると窓の外には綺麗な夜景が映り、まるで自分は別世界にいるようにさえ感じます。
黙ったままの私の肩へとやさしく回されるタケルさんの優しい手を心地よく感じて。
緊張する私を気遣ってか、ゆっくりと会話をすすめてくれる心遣いがうれしくて、お酒が入ったのも手伝ってでしょうか、それからはまるで本当の恋人同士のような会話が続き、すっかりリラックスできました。
ほろ酔い気分の私の耳元で囁くタケルさんの声。
「そろそろ部屋で飲む?」
多分私は頬を染めていたと思います。それでもタケルさんの差し出された手をしっかりと握り締め、そのままお部屋へと行きました。
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